【2022年】製造業界のM&A動向・事例・売却相場を解説

【2022年】製造業界のM&A動向・事例・売却相場を解説

近年、製造業が後継者不足やIT化への対応策としてM&Aを選択する事例が増えています。

この記事では、製造業界のM&A動向・事例・売却相場を解説します。業界動向を把握して、自社のM&A戦略を考えるのに役立てましょう。

製造業界の概要

製造業界の概要

製造業とは、原材料を素にして製品を作り、他社に販売する企業の総称です。農業や鉱業など原材料を生産する産業が第一次産業であり、加工する産業が製造業を含む第二次産業と呼ばれます。また、販売や顧客サービスを行う産業は第三次産業です。

製造業は一般的なイメージの通り、工場で製品を生産する産業です。自動車や電機部品がわかりやすい例といえるでしょう。食料品や医薬品を製造する企業も製造業に含まれるため、形がある商品を作る企業はほとんどすべてが製造業であると考えられます。

20世紀イギリスの経済学者、コーリン・クラークが提唱した「ペティ=クラークの法則」によれば、経済社会は発展するにつれて第一次産業・第二次産業・第三次産業の順に就業人口比率と国民所得が増加していきます。たとえば、自給自足を行う社会では、就業者の大半は農業や漁業といった第一次産業に従事します。

18世紀から19世紀に産業革命を迎えたヨーロッパ諸国では製造業を含む第二次産業が盛んとなり、工場労働者が増加しました。その後、20世紀後半にはスーパーマーケットやコンビニエンスストアといった小売業、つまり第三次産業の比率が高まっています。2000年頃にブームを迎えたIT企業もサービス業であり、第三次産業の一部です。

日本を含む多くの先進国で、小売業やIT産業などの第三次産業が主流となったものの、第二次産業である製造業の重要性は変わりません。コンビニで売られるお弁当も、1人1台が当たり前になったスマートフォンも、製造業によって生産されたものだからです。

ただし、産業構造の変化や後継者不足といった問題により、特に中小の製造業で他社への事業継承を行うM&Aの事例も見られます。現在の製造業界の概況や市場動向、直面する問題などについて詳しく見ていきましょう。

製造企業とは

製造業・製造企業が文字通り「工場でモノを製造する企業」であることはわかりやすいですね。ただ、具体的な定義はイメージしにくいのではないでしょうか?そこでまずは、総務省統計局による製造業の定義を確認しましょう。

製造業とは、次の2要件を満たした事業所であると定められています。企業別ではなく事業所別ですから、「A社のX工場は製造業だが、同じA社のY事業所はサービス業である」という事例もあり得ます。

1. 新たな製品の製造加工を行う
2. 新たな製品を主として卸売する

「新たな製品の製造加工を行う」事業所は工場のことですね。自動車や工作機械のほか、前述のように食料品や医薬品を製造する工場も製造業に該当します。金属や農産物などの原料加工のみならず、部品を組み合わせて一つの製品を作る事業所も製造業です。

ただし、完成した製品の選別や箱詰めを行う事業所は製造業ではありません。建物や道路の建設を行う事業所も、製造業ではなく建設業に分類されます。

「新たな製品を主として卸売する」とは、企業自身は直接消費者に完成した製品を販売せず、小売業者に商品を売って店頭で販売してもらうことを意味します。たとえば、工場で作られた洗剤を売るのはスーパーやコンビニであって、工場自身ではありませんね。あくまでも製品を作るだけで、販売を別の小売業者に任せる事業所が製造業の定義に該当します。

では、街中にあるパン屋やケーキ屋のように、店内で製品を製造してその場で販売する事業所は製造業と小売業のどちらに当てはまるでしょうか?総務省統計局によると、この業態は「製造小売業」とされており、広義の小売業に該当します。

なお、ユニクロとして知られるファーストリテイリングも、自社工場で製造した製品を自社店舗で販売するため製造小売業(SPA)と呼ばれることがあります。ただ、「同一の事業所」で製造から販売まで行っているわけではないため、総務省の定義には合致しません。工場は製造業、店舗が小売業といえます。

参考:日本標準産業分類(平成25年[2013年]10月改定) 製造業 | 詳細情報 | 政府統計の総合窓口  

製造業界の市場規模や市場動向

JETROのデータによると、2019年時点で製造業は日本のGDPのうち20.5%を占めます。サービス業の32.1%は下回りますが、日本経済を牽引する業界であるといえるでしょう。設備投資額も、2010年の約66兆円から2019年の約88兆円へと増加し続けています。

次に、日本国外における製造業の市場規模を確認しましょう。国連が示した2013年のデータでは、GDPに占める製造業の割合はアメリカ12.1%、イギリス9.7%、フランス11.3%など、欧米の主要国では10%前後となっています。一方で中国29.9%、韓国31.1%と東アジアは高めであり、ヨーロッパでもドイツは22.2%の高い割合です。

製造業は多くの雇用を生む産業でもあります。独立行政法人労働政策研究・研修機構によると、2012年の段階で就業者数に占める製造業の割合は、日本16.9%、アメリカ10.3%などです。GDPに占める製造業の割合と就業者中の製造業の割合はほぼ同じですが、韓国は就業者のうち16.6%が製造業で、GDPの半分程度です。

製造業は輸出を前提とすることも多く、事実、前述の7カ国では輸出に占める製造業の割合はいずれの国でも約90%に上ります。国別に見ると、日本・アメリカ・中国・韓国は電気・電子機器、イギリス・フランスは化学・医薬品の割合が高くなっています。日本とドイツでは自動車も主力の輸出品目です。

2008年のリーマンショック後に世界の製造業による輸出金額は落ち込みましたが、2010年から回復基調となりました。特に中国は急成長して2013年には約2.2兆ドルに達し、2位で約1.5兆ドルのアメリカを大きく引き離しました。

「日本の製造業は衰退している」という意見もありますが、正確ではありません。物価変動を考慮していないため単純比較できませんが、1970年に25兆円程度だった製造業の名目GDPは、1991年に約120兆円を突破しました。その後は減少に転じて2009年に100兆円を下回りますが、2017年には約115兆円にまで回復しています。

日本の都道府県別に製造業の年間生産額を見ると、2012年時点では自動車産業を擁する愛知県が約40兆円、神奈川県が約17兆円、大阪府が約16兆円など三大都市圏が上位を占めます。一方で鳥取県、沖縄県、高知県は1兆円未満です。

製造業は中小企業が多いものの、数は減少傾向です。1981年のピーク時に約71万だったのに対して1998年には約66万社にまで減少しました。

現在は後継者不足などの問題を解消するため、M&Aによって他社に事業譲渡する事例もあります。また、従来型の製造業から脱却し、世界的なIoT(モノのインターネット)とDX(デジタルトランスフォーメーション)の流れに対応することも課題です。

参考:製造業 – 主要産業 – 対日投資 – ジェトロ

製造業界のビジネスモデル

従来型製造業のビジネスモデルはシンプルです。原材料や部品を仕入れて加工し、ほかの製造業者や小売店に販売することが一般的でした。特に戦後間もない頃からバブル期にかけては、製造業は消費社会とともに発展します。国外においても高品質低価格の日本製品は高く評価されました。

しかし、「安い原材料を加工して付加価値を加え、高く売る」というビジネスモデルには限界があります

第1の理由として挙げられるのは、他国の経済成長です。

日本に隣接する中国・韓国・台湾や東南アジア諸国は日本より人件費が安く、多くの先進国企業が現地工場を稼働させました。同時に、それらの国・地域の自国企業も技術力を高めて製造業に参入し、人件費が高い日本企業を脅かす存在となったのです。

第2の理由は、あるカテゴリーの製品が普及して目新しさを失う「コモディティ化」です。たとえ人件費・コストが安い他国の製造業が成長しても、日本の製造業は高品質な製品で太刀打ちできます。ところが他国の技術力が高まると、日本企業と同様に高品質な製品を低コストで生産できるようになります。

たとえば、日本が戦後復興を果たした1950年代後半には、「3種の神器」と呼ばれるテレビ・洗濯機・冷蔵庫が人々の憧れの的でした。当時の平均月収が約3万円だったのに対し、3種類すべてを揃えるには15万円かかります。高品質な家電製品は日本企業により製造され、経済成長を牽引しました。

では、現在はどうでしょうか。テレビ・洗濯機・冷蔵庫は日本以外の企業も製造可能となり、物価上昇にもかかわらず1950年代とさほど変わらない金額で購入できます。これらの家電はコスト削減が可能な中国企業が多く製造するようになりました。対抗できなくなった日立や東芝の白物家電部門は外国企業に売却され、シャープは台湾・鴻海の傘下に入ったのです。

日本の製造業の中でも自動車は世界的な人気を維持していますし、他社にない技術を持つ中小企業も多く存在します。しかし、多くの製造業はビジネスモデルの転換を決断しなければならないのが現実です。

製造業の新しいビジネスモデルとは、「モノからコトへの移行」です。経済成長期は他人より多くの物を所有することがステータスでしたが、低成長時代の現在は「自分が欲しいものだけでよい」「価格が安ければ、品質が中程度でよい」と考える消費者も珍しくありません。そこで「消費者の気持ちに寄り添う、ストーリー(コト)がある製品」が求められます。

コモディティ化したジャンルでも、他社製品にない付加価値があれば愛着を持って使ってもらえます。多くの製品をシンプルなデザインで統一して「シンプルモダンな生活を送る人が持つ製品」というストーリーを描くことが一例です。

また、接客が丁寧なカスタマーサービスの開設や、毎月一定の金額を払えば製品を使い放題になる「サブスクリプション」の導入もあり得るでしょう。

つまり、これからの製造業には「モノを作るだけの企業」という従来のビジネスモデルではなく、「お客様の気持ちを理解して働きかける企業」としてのサービス業的な側面も求められているのです。

製造企業の一例

トヨタ自動車グループ

日本を代表する製造企業として知られるのは、自動車メーカー最大手のトヨタ自動車グループです。同社が本社を置くのは愛知県豊田市ですが、元の市名は挙母(ころも)市であり、1959年に自動車会社の知名度の高さに合わせて改名されました。

トヨタは戦前の1937年に設立され、当時の挙母町に工場を建設しました。戦後の行動経済成長期に伴って規模を拡大するとともに、地元企業との関係を深めていきます。豊田市をはじめとする愛知県各地には自動車部品を製造する企業が存在し、トヨタに製品を納入しています。

このように、主に製造業の本社や支社・工場の周囲に関連企業が多く存在する地域を城下町に例えた言葉が「企業城下町」です。企業城下町は製造業の収益によって商業や医療の発展という恩恵を受けられますが、経済的に企業に依存することは懸念材料ともなります。

パナソニック

大手電機メーカーのパナソニックも、大阪府門真市を企業城下町とする代表的な製造企業です。ただし、パナソニックが2000年頃から生産を海外工場に移す動きが強まったため、門真市の中小製造企業も受注先を他社に広げる、海外工場に生産を移管するといった取り組みを行っています。

その他にも、京都市南区に本社があるテレビゲーム事業大手の任天堂も製造業です。また、京都府には京セラ、村田製作所、ロームなど半導体や工作機械の製造企業が数多く存在し、世界中の企業に部品を納入しています。

製造業が製品を作って消費者に届けるまでの流れは「バリューチェーン」と呼ばれます。サプライチェーンが物の流れを表すのに対してバリューチェーンは価値の流れに注目し、大まかにはほぼ同じ流れです。

バリューチェーンは川の流れになぞらえられます。製造業では部品メーカーが上流、自動車や家電を完成させる企業が中流であり、下流の販売店が消費者に製品を販売するという流れです。なお、ここでいう上流・中流・下流は川の流れと同じく工程の推移を表すに過ぎないことに留意してください。

日本の大手製造企業は、上流にあたる部品の製造企業を自社の子会社や関連会社として擁する「垂直統合」モデルで事業を行ってきました。ただ、電機メーカーはグループ外からの納入や他社への事業売却を進めていますし、電気自動車の製造に垂直統合は適さないという指摘もあります。そのため、製造業もM&Aや事業再編を迫られているといえるでしょう。

製造業界のM&A最新動向

製造業界のM&A最新動向

製造業界では事業再編にM&Aを活用する事例が多くみられます。英語で「合併と買収」を意味する言葉の頭文字であり、文字通りある企業が別の企業に買収される事例です。ただし敵対的なM&Aのみを指すわけではなく、買収される側から提案する事例もあります。

製造業でM&Aが行われる理由は、以下のように分類できます。

1. 後継者不足による大手企業への事業譲渡
2. 投資ファンドによる企業再生
3. IT化対応のためのIT企業買収

第1・第2の事例は製造業の側が自社を売却する(他社に買収される)のに対し、第3の事例では製造業自身が他社を買収するM&Aであることに注意してください。

1. 後継者不足による大手企業への事業譲渡

製造業では「後継者不足による大手企業への事業譲渡」のM&A事例が増加しています。帝国データバンクが2020年に実施した調査によると、製造業の57.9%が後継者不在に陥っています。事業と従業員の生活を守るために、M&Aによる事業譲渡を他社に提案するのです。

現在は中小企業を顧客とするM&A仲介会社もあるため、買い手が見つかれば第三者への売却も可能です。しかし、たとえば自動車部品を製造する中小企業が事業譲渡を希望するのであれば、それまで取引があった大手企業に売却するほうがメリットを増大させられるでしょう。

大手製造企業としても中小の部品メーカーを傘下に収めれば垂直統合方式を推進できるメリットがあるため、中小企業との間でM&Aを行って事業を譲り受ける事例があります。

2. 投資ファンドによる企業再生

「投資ファンドによる企業再生」は、高い潜在力を持つにもかかわらず業績が低迷する製造業を投資会社が買収し、業績が回復した後で他社に売却して利益を得るM&A事例です。売買される製造業の側にも、自社事業を再生させられるメリットがあります。

ただし、旧経営陣や従業員が投資ファンドによる改革案を受け入れにくい場合もあり、かならず事業を再生できるとは限りません。

事業を再生できたとしても、投資ファンドは別の企業に製造業を売却するため、製造業と新たな売却先が関係を構築できるか否かも課題となります。投資ファンドがM&Aを行う際は、製造業との間で信頼関係を構築する必要があるといえるでしょう。

3. IT化対応のためのIT企業買収

ここまでは製造業が売買されるM&A事例でしたが、「IT化対応のためのIT企業買収」は製造業自身が他社を買収するケースです。他社への事業譲渡により企業の生き残りを図るほかの事例に対し、IT企業買収は時代の変化に対応するため製造業が他社の技術を取り入れるM&Aを意味します。

大手の製造企業では、2021年4月に日立製作所がアメリカのIT企業をM&Aにより傘下に収めました。製造業を手放すのではなく、さらに発展させるため、時代の流れに沿うIoTやAIに対応したビジネスを展開するための動きといえます。

IoTは「モノのインターネット」を意味し、世界的に活用が進んでいます。常にインターネットに接続された冷蔵庫は、IoT家電の一例です。この冷蔵庫は、食材が最善の状態に保たれるように庫内の温度を自動調節する、食材がなくなったら所有者に買い増しを促すといった機能を持ちます。

企業や自治体向けのIoT機器の例としては、橋に取り付けられる振動センサーが挙げられます。インターネット経由で橋の振動データが管理事務所に送信されることで、人が目視で橋を確認しなくても異常を検知できるのです。

AIは人工知能の略で、「機械学習」により適切な判断をスピーディーに行えるものです。将棋の棋士は、対局中常に「相手がこの手を指したら、自分は次にこのような手を指そう」と考えています。一方のAIは過去のデータを分析することで、瞬時に最適な手を選択可能です。医療や気象などの分野でも、AIの実用化が進みつつあります。

町工場など中小の製造業も、世界的に重要な特許を持つにもかかわらず、IT化に対応できていない例がみられます。後継者不足や資金繰りの問題に直面した際にM&Aで他社に事業譲渡することもできますが、IT企業の買収は時代の変化に対応して新分野に進出し、さらなる成長を目指す手段です。

水道メーターやコンデンサを製造する技術力はあるのに、どのようにIoTやAIに対応すればよいかわからない、そもそもインターネットに詳しい人材が社内にいないという製造企業も存在します。他社に事業譲渡して技術が有効利用されることを願うか、IT企業を傘下に収めて新技術を開発するかは経営者次第です。

参考:製造業業界のM&A動向

製造企業をM&A・買収・売却するメリット

製造企業をM&A・買収・売却するメリット

製造企業がM&Aで事業譲渡する際のメリットを、買収側・売却側双方から確認しましょう。M&Aは敵対的買収にも用いられますが、製造業のM&Aは双方にとってメリットがある事例が多いといえます。

買収側のメリット

買収側がM&Aによって製造業の経営権を得る第1のメリットは、企業が持つ人材や設備を得られることです。自動化・マニュアル化が進んだとはいえ、人手不足によって経験豊富な即戦力の獲得は難しくなりました。有用な技術開発も同様です。製造業のM&Aでは、経験豊富な人材と事業に役立つ技術を短時間で取得できます。

第2のメリットは、事業の内製化です。経営の効率化が求められる時代となり、企業はグループ内で製造から販売までを手がける必要性が生じました。そこで自社製品を製造できる企業をM&Aで買収すれば、新たに子会社を設立する手間をかけずグループ内に製造業を持つことが可能です。

第3に、技術力がある製造業を安く取得できるメリットが挙げられます。製造業がM&Aによる売却を目指すのは、後継者不足や事業環境の悪化が原因です。そのためM&A価格が高くなりにくく、買収側としてはリーズナブルに経営権を取得できます。

売却側のメリット

次に売却側のメリットを確認します。第1に、M&Aにより資金を確保できることです。得た資金は新たな事業の操業に使えますし、売主が個人であれば生活費に充てられます。不採算を理由に売却した企業が成長する可能性はありますが、言い換えれば経営破綻のリスクも回避可能です。

第2のメリットは、従業員の雇用を確保し設備を有効利用できることです。仮に廃業となれば従業員は全員解雇され、再就職を目指さなければなりません。M&Aで新たな所有者が経営を継続することは、従業員から見てもメリットです。また、それまでに築いた製造設備などの資産も無駄になりません。

M&Aにより売却側が得る第3のメリットは、廃業と比較して手続きがかんたんなことです。仮に製造業を廃業するとなると、設備廃棄や廃棄物処理、土地の売却や従業員の解雇など煩雑な手続きが生じます。M&Aならば株式売却とかんたんな事務手続きで済み、コストも安く抑えられます。

製造企業の売却金額の相場

製造企業の売却金額の相場

製造業のM&A価格は、売却される企業の価値により異なります。ただ、ある程度の相場は存在するため、企業価値を基準にして見積もることは可能です。M&A価格の算出に用いられる主な方法には「DCF法」「修正純資産法」「類似会社比較法」があります。

DCF法とは

DCFはDiscount Cash Flowの略で、「割り引かれたキャッシュフロー(お金の流れ)」を意味します。

キャッシュフローとは、かんたんにいえば1年間の現金・預金および換金性が高い資産の出入りです。企業は取引の際すぐに現金を受け取らず売掛金に計上することが一般的ですが、この場合は手元に現金が入るまで数カ月かかり、キャッシュフローは増減しません。

たとえば、企業Aが企業Bとの取引により1億円の売掛金を計上し、同時に9,000万円の費用を支出したとします。見かけ上は1,000万円のプラスですが、1億円の現金が入金されるまで数カ月必要です。仮に企業Aの預貯金が9,000万円未満で、入金より先に9,000万円を払わなければならない場合は、キャッシュフローはマイナスになって事業が行きづまってしまいます。

製造業のM&Aとキャッシュフローはどう関係するのでしょうか。売却側から見れば、M&Aとは「将来の利益を得られるはずの利益を手放してもよいから、すぐに現金を手に入れる取引」です。DCF法では、買収側も「将来の利益」、つまりキャッシュフローに注目してM&A価格を決定します。

DCF法では最初に約5年間の事業計画を作成し、次に各年度の予想フリーキャッシュフローを計算します。売却側としては収益が高い楽観的な予想を出したくなりますが、M&A仲介会社や中小企業診断士による客観的な計算が必要です。

初年度のフリーキャッシュフローが1億円で、毎年度1億円ずつ増えると予想した事例を想定します。5年間のキャッシュフローは1+2+3+4+5で合計15億円です。つまりこの企業をM&Aで買収すれば、5年間で15億円のフリーキャッシュフローを得られることになります。

ただし、15億円の「将来価値」は「現在価値」ではありません。5年分の価値を今すぐに受け取る場合は、割り引いて(ディスカウントして)考える必要があります。

銀行とのお金の貸し借りを例に挙げると、年利10%で1万円を借りると1年後に1,000円の利子を払う必要がありますが、逆にお金を預ければ1年後に1,000円の利息を得られますね。お金を先に受け取ると目減りして、先延ばしすれば増やせるのです。

DCF法では「割引率」により将来価値を現在価値に直す必要があります。割引率の算出にはWACCという方法が使われますが、非常に複雑なため、この例では割引率を一律10%とします。また、「永久成長率」という数値もありますが、0%にすることで省略可能です。

現在価値は次の数式で計算できます。年数はべき乗です。

将来価値÷(1+割引率)^年数

1年目の将来価値は1億円で、割引率は10%(0.1)ですね。つまり、1億円を(1+0.1)で割れば現在価値を算出できます。年数は1ですので1乗となり、1.1は1.1のままです。

1億円÷1.1=0.9億円

1年目の将来価値を現在価値に直すと0.9億円だとわかりました。次に2年目の2億円を計算しますが、除数を年数のべき乗する必要があるので、1.1は2乗して1.21です。3年目以降も同様に除数を年数のべき乗にしていきます。なお、右辺の少数第3位以下は四捨五入します。

2億円÷1.1^2=1.65億円
3億円÷1.1^3=2.25億円
4億円÷1.1^4=2.73億円
5億円÷1.1^5=3.10億円

5年間で15億円になる将来価値を現在価値に直すと、10.63億円になりました。ただ、企業は6年目以降も継続して経営されるため、「継続価値」の算出も必要です。継続価値は最終年度の予想フリーキャッシュフローを割引率で割れば算出できます。つまり、この例では5年目の5億円を割引率10%(0.1)で割ります。

5億円÷0.1=50億円

継続価値は50億円であるとわかりました。ただ、この数字も将来価値であるため、5年目の予想フリーキャッシュフローと同じ方法による現在価値への変換が必要です。

50億円÷1.1^5=31.05億円

50億円の継続価値を現在価値に直すと31.05億円になりました。ここに先ほど算出した5年間の予想フリーキャッシュフローの現在価値10.63億円を加えると、企業の事業価値は41.68億円です。

事業価値はそのままM&A価格になるわけではありません。「非事業性資産」の算出も必要です。非事業性資産とは文字通り「事業に使っていない資産」ですので、予想フリーキャッシュフローの算出に使った設備や現預金は除外します。また、負債がある場合はマイナスにしてください。

ここでは非事業性資産が10億円だとしましょう。事業価値41.68億円を加えて、51.68億円がDCF法によるM&Aの企業価値だとわかりました。

このようにDCF法は非常に複雑ですが、現在企業が保有する純資産ではなく将来得られるキャッシュフローに基づいてM&Aを行えるため、売却側も納得しやすい手法です。

修正純資産法とは

修正純資産法は、企業が持つ純資産を時価に直して価値を算出する方法です。貸借対照表を参照しますが、簿価と時価はイコールではありません。

たとえば、5,000万円で購入した土地の簿価は5,000万円のままですが、現在の時価は1億円に値上がりしている可能性があります。反対に、簿価2億円の株式が時価1億円に値下がりしていることもあり得ます。

そこで、貸借対照表上の資産や負債は時価への修正が必要です。負債を時価に修正する場合は、バランスシートに記載されていないオフバランス債務を加算します。未払いの残業代や、積み立て不足の退職金がオフバランス債務の代表例です。

時価修正後の資産が90億円で、修正後の負債が40億円ならば、M&A価格の基となる企業価値=純資産は50億円になります。

類似会社比較法とは

ここまで紹介した2種類より直感的に理解しやすいのが、類似会社比較法です。「自社は似た状況の同業他社と比較してどれくらいの企業価値を持つだろうか」と推定する方法であり、公開された指標を参考にして自社の価値を決めることになります。

類似会社比較法で用いられる主な指標は、売上高倍率・EBITDA倍率・EBIT倍率・PER・PBRです。このうちEBITDA倍率とは「利払前、税引前、減価償却前、その他償却前利益」を意味し、類似会社比較法によるM&Aで採用される事例が多くなっています。

M&A対象であるA社の企業価値(EV)を同業の製造業であるX社・Y社・Z社と比較して算出する事例を想定しましょう。それぞれのEVとEBITDAは、X社が90億円・30億円、Y社が20億円・5億円、Z社が300億円・60億円とします。EVをEBITDAで割ったEV/EBITDA倍率はX社3、Y社4、Z社5となり、平均するとEV/EBITDA倍率は4です。

製造業の平均EV/EBITDA倍率が4だとわかったので、A社のEBITDAに4をかければ企業価値(EV)を算出できます。仮にA社のEBITDAが13億円とすれば、M&Aのための企業価値は52億円となります。

自社のEBITDAさえわかれば、上場企業など指標を公開している企業とかんたんに比較できるのが類似会社比較法のメリットです。ただ、どのような企業を「類似会社」とするかは個人の主観によるところがありますし、製造業の場合は中小の非上場企業が多いことに留意しなければなりません。

製造企業の買収を成功させるポイント

製造企業の買収を成功させるポイント

では、M&Aによる製造業の買収を成功させるにはどのような点に注意すべきでしょうか?買収する側にとって、M&Aとは成長が見込める企業の経営権を取得する行為ですから、株式投資と同様に対象企業の財務状況を調査することが必要です。

企業の財務状況等を調査することを「デューデリジェンス」と呼びます。M&A対象企業や売却側と相談して事前に資料を開示してもらうこともできますが、公認会計士や税理士によるチェックも必要です。

M&Aにおけるデューデリジェンスのポイントは、労務問題が発生していないか、粉飾決算はないかです。お買い得な企業だと思って慌ててM&Aをすると、買収後に問題が発覚する事例もあり得ます。買収側の経営陣も責任を問われる可能性があるため、専門家を含めた厳しいチェックが必要です。

また、買収に反対する株主がいるとM&Aの成立が難しくなります。買収成功後に注意が必要なのは、旧経営陣や従業員がM&Aに反発して退職する事例です。いずれも信頼関係の構築により回避できますから、M&Aの際は財務面のみならず人間関係にも気を配りましょう。

M&Aにより買収した製造業を売却せず自社事業と統合する場合は、PMI(Post Merger Integration, 合併後統合)も必要です。具体的には、買収後どれくらいのタイムスパンで統合を進めるか計画を立て、どのように業務・財務・労務システムの変更を行うか検討します。

PMIは単なる改革ならばよいわけではなく、目的はM&Aにより買収した企業価値の向上です。自社と買収した企業の間でシナジーを発揮できるか、従業員の理解を得て進められるかに注意してください。

製造企業の売却を成功させるポイント

製造企業の売却を成功させるポイント

次に、売却側から見た製造業のM&Aを成功させるポイントを確認します。買収側にとってM&Aは投資ですが、売却側にとっては自分自身を売り込む手段です。つまり、就職面接に臨むような気持ちで、自社の良さや強みを明確にすることがポイントです。

なぜM&Aにより事業を売却するのか、理由を明確に説明しましょう。曖昧に「従業員の生活を守りたい」というのではなく、「経営に問題はないが、適切な後継者が見つからない」「同業他社に傘下入りすればシナジーが生まれると判断した」など、買収側を納得させられる説明が必要です。

同様に、「他社にない強み」があれば説明しましょう。製造業であれば「現在は収益力が低いが、保有する特許の活用により企業価値向上が見込める」「最新鋭の設備を導入すれば生産性が向上する」など、買収側の投資によってメリットが得られるという説明が重要です。

製造企業をM&Aする際の注意点

製造企業をM&Aする際の注意点

製造業のM&Aを実施する際の注意点として、「情報漏洩の防止」および「M&A専門家の選定」が挙げられます。買収側・売却側ともに、M&Aの実施を他社に知られないように注意が必要です。また、適切なM&A価格の設定や計画策定を行うためにも、専門家を交えて実施してください。

「M&Aによる企業売買はいずれ公表するのだから、情報漏洩しても構わないのではないか」という疑問があるかもしれません。しかし、取引相手や従業員の気持ちを想像してください。

企業がM&Aの対象になっていると知ったら、「資金繰りに困っているのではないか」「倒産するのではないか」と思っても不思議ではありません。情報漏洩によって、M&A自体が不成立となる可能性もあるのです。

情報漏洩を防止するためにも、M&A専門家を交えた話し合いが重要といえます。M&Aは売却側と買収側だけでも進められますが、特に製造業の場合は適切な企業価値の算出が重要ですし、シナジーを最大化するPMIの進め方を決定するには、専門家の知恵が不可欠です。

製造業界のM&A事例5選

製造業界のM&A事例5選

ここからは、製造業でM&Aが行われた実際の事例を紹介していきます。企業ごとにM&Aを実施した背景や経過は異なりますが、事例を知ることで「製造業におけるM&Aにはどのような意義があるか」を理解しやすくなるでしょう。

事例1…日本電産による三菱重工工作機械のM&A

京都市南区に本社を置く日本電産株式会社は、小型モーターの世界シェアで約10%を持つメーカーです。日本電産は2021年2月5日に三菱重工業株式会社の子会社である三菱重工工作機械株式会社のM&Aを発表し、同年8月2日に100%の株式買収を完了して新社名を「日本電産マシンツール株式会社」としました。買収額は約300億円とみられます。

同じ製造業とはいえ、モーターを生産する日本電産と工作機械メーカーである三菱重工工作機械は「異業種」にあたります。日本電産は2021年11月18日にも中堅工作機械メーカー・OKK株式会社の買収を発表しましたが、狙いはどこにあるのでしょうか?

日本電産が相次いで工作機械メーカーのM&Aを実施した目的は「シナジー発揮による工作機械事業の強化」です。日本電産は世界的なネットワークとノウハウを持ちますが、製品はモーターやセンサーが中心でした。一方で三菱重工工作機械やOKKは工作機械メーカーとしての実績がある一方で、業績が好調だったとはいえません。

日本電産はM&Aによって工作機械メーカーを傘下に収めることで、機械そのものを製造する工作機械から精密機器まで幅広い製品の製造を可能とし、総合製造業としての地位を築こうとしているのです。

参考
https://www.nidec.com/jp/corporate/news/2021/news0803-01/

事例2…ヤマシナによる山添製作所のM&A

京都市山科区の株式会社ヤマシナは、「工業用ファスナー」と呼ばれるねじ製品を製造する企業です。ヤマシナは2019年2月19日に埼玉県川口市の株式会社山添製作所に対してM&Aを行うと発表し、4月25日に5億2,700万円で買収しました。

山添製作所は資本金10百万円(1,000万円)の中小企業であり、M&A価格も約5億円と多くはありません。業種も買収側のヤマシナと同じねじ製造です。

京都に本社があるヤマシナは、関東が拠点の同業他社である山添製作所の買収により、シナジー向上とともに生産拠点の分散が可能となりました。山添製作所の旧株主は山添家の4名であり、株式の売却益を得られると同時に後継者問題を解決できたことがメリットです。

参考
https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/bk5jy4/

事例3…シェアリングテクノロジーによる電子プリント工業のM&A

シェアリングテクノロジー株式会社(以下、シェアテク)は、東証マザーズに上場する名古屋市の製造業です。シロアリ駆除や電気工事などの「お困りごと」に応じるWebサイト「生活110番」を運営しています。2018年4月2日に約6億5,000万円で、電子プリント工業株式会社をM&Aにより買収しました。

電子プリント工業は、兵庫県尼崎市に本社があるプリント配線板の製造業です。パナソニックや三菱電機など大手製造業が販売先であるため、シェアテクは製造業参入によって企業価値向上を目指したとみられます。

ただし、シェアテクは2020年6月に電子プリント工業の全株式を代表取締役と従業員代表に売却し、製造業から撤退しています。

参考
https://www.sharing-tech.co.jp/news/post1212/

事例4…ブルドックソースによるサンフーズのM&A

この事例は「食品製造業」のM&Aです。東京都中央区のブルドックソース株式会社は、2019年10月7日に広島市南区でお好み焼きソースを製造するサンフーズ株式会社をM&Aで買収しました。なお、買収金額は非公表です。

ブルドックソースは2005年に大阪市のイカリソース株式会社も子会社化しています。製造業のM&Aはシナジーや生産拠点分散を目的に行われることが多いですが、ブルドックソースによるM&Aは「味が異なる3地域のソース会社が同じグループになる」というユニークな事例です。

事例5…東京エレクトロンデバイスによるアバール長崎のM&A

横浜市神奈川区の東京エレクトロン デバイス株式会社(以下、TED)は、東京エレクトロン株式会社が約30%の株式を持つ関連会社です。2017年7月1日、TEDは長崎県諫早市にある株式会社アバール長崎の株式を74.04%取得し、連結子会社としました。買収金額は約10億円です。

アバール長崎は2016年8月にTEDと資本業務提携を結んでおり、M&Aは両社のシナジーをさらに高める目的で実施されました。半導体を製造するTEDと電子機器の開発を行うアバール長崎の一体化により、製造技術のみならず営業力の強化も期待されます。

このM&A事例では、TEDとアバール長崎双方の親会社による事業再編の思惑も一致しました。東京エレクトロンは株式価値の向上を、アバール長崎の親会社である株式会社アバールデータは事業整理を目指していたため、スムーズにM&Aが進んだのです。

参考
https://www.teldevice.co.jp/corp_info/2017/press_170703.html

製造企業をM&A・売買する方法

製造企業をM&A・売買する方法

ここまで製造業のM&Aによる売買事例を取り上げてきましたが、実際に企業を売買するにはどうすればよいでしょうか?M&Aに国や自治体の許認可は基本的に必要なく、売却側と買収側が話し合って実施することも可能です。仲介なしに行うM&Aを「直接取引」と呼びます。

ただし、不動産売買などの場合と同様に、直接取引によるM&Aにはかなりの手間がかかります。企業価値の算定で双方が折り合うには努力を要しますし、製造業ならば保有する特許などの権利が複雑になることもあります。手数料はかかりますが、専門家に仲介を依頼するのが現実的です。

公認会計士や税理士、中小企業診断士と取引がある場合は、M&Aの仲介に応じてくれるかどうか相談を検討してください。また、実績があるM&A仲介会社に依頼するのも良い手段です。

会社売買・M&A相談ならウィルゲートM&A

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M&A仲介会社のウィルゲートは、およそ15年にわたって6,700社以上の企業を支援してきました。M&Aによる事業譲渡や会社売買の買い手数は、サービス開始2年で約1,200社です。

ウィルゲートのM&Aは相談料・着手金無料の完全成果報酬制で、電話とメールによる相談が可能です。製造業のM&Aを検討中の場合は、まずは無料でご相談ください。

製造業界のM&A最新動向 まとめ

製造業界のM&A最新動向 まとめ

製造業のM&Aは後継者不足に限らず、製造業のIT化やシナジー効果を目的に行われる事例もあります。仲介会社ウィルゲートはIT・Web事業に強みを持つため、製造業がIT企業を傘下に収めるM&Aや、反対にIT企業に事業を売却する事例でも頼りになる存在です。

M&Aにより製造業の企業価値を高めるには、一貫した体制とノウハウが不可欠です。

ウィルゲートM&Aは、事業売却の仲介実績が豊富で、9,100社以上の会社と独自のネットワークを形成しているM&A仲介会社です。完全成功報酬型で相談料や着手金も無料なので、これからM&Aを検討している方は、ぜひウィルゲートM&Aにお問い合わせください。

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